モンテカルロシミュレーションを用いたCT検査における被ばく線量評価

CTDI

X線CT検査における患者の被ばく線量評価の指標の一つとして、CTDIが用いられています。この研究では、モンテカルロシミュレーションを用いてCTDIファントム内の線量分布を解析して、被ばく線量評価の精度の向上を検討しました。

1. モンテカルロシミュレーションについて

モンテカルロシミュレーションとは、乱数を使用して解を求める手法のことです。放射線の輸送計算においては、物質中の物理現象を確率的にとらえ、その過程を乱数を発生させて追跡します。
(モンテカルロシミュレーションは放射線の輸送計算だけでなく、様々な分野でも用いられています。)

モンテカルロシミュレーションを用いることで、

  • 実測では測定できない(困難な)情報の取得
  • 実測だと現実的ではない時間を要する情報の取得

が可能です。

モンテカルロシミュレーションのコードには様々な種類があります。私は、KEK放射線科学センターが提供して下さっているEGS5というコードを使用しています。

EGS5は、自分である程度コードを書き換えられるため、汎用性が高いです。スピードが重視される研究の世界では、汎用性は重要です。
コードを書き換えるには、プログラミングの知識が少し必要ですが、丁寧に教えますので心配は要りません。
私は学部生時代からEGS5を使わせて頂いているので、かれこれ10年以上お世話になっています。

EGS5は汎用のパーソナルコンピューター上で実行することができます。
当研究室には、十分な計算スピードを備えたコンピューターが数台あり、シミュレーション環境は整っています。

モンテカルロシミュレーション用のコンピュータ
モンテカルロシミュレーション用の汎用コンピューター

2. CTDIについて

X線CT検査を受ける患者の被ばく線量を表す指標として、CTDIvolやDLPが用いられています。
CTDIvolを算出する過程で必要となるCTDIwは、教科書的には以下の式で求めることができます。

CTDIwの算出式

CTDIwは「CTDIファントム内のアキシャル断面の平均線量」を推定したものであり、1995年にLeitzらによって考案されました。

Leitz W, Axelsson B, Szendro G. Computed tomography dose assessment
– A practical approach. Radiat Prot Dosim. 1995;57:377–380.

それでは、なぜCTDIwの加重係数は(1/3, 2/3)となったのでしょうか?
その理由は、CTDIファントム内での放射線の減弱・吸収が直線的であると仮定し、平均線量を算出しているためです。

Leitzの式

2006年になると、Bakalyar氏は、CTDIファントム内の線量分布は放物線状になるだろうと考え、CTDIwの加重係数として(1/2, 1/2)を提唱しました。

Bakalyar DM. A critical look at the numerical coefficients in CTDIvol.
Med Phys. 2006;33:2003.

CTDIw以外にも、CTDIによる評価方法は様々な研究により進歩しています。

  • 体軸方向の散乱線の影響を加味した評価方法(AAPM Task Group 111 Report)
  • 様々な患者体型を考慮したSize-specific dose estimate (SSDE)による評価方法(AAPM Task Group 204 Report)

これらについて述べると非常に長くなるので、今回は割愛いたします。

3. CTDIファントム内の線量分布の解析

上述の背景を踏まえて、私はモンテカルロシミュレーションを用いて、CTDIファントム内の線量分布を詳細に解析しました。その結果が以下になります。

CTDIファントムの線量分布図
CTDIファントム32cm径の線量分布図

グラフを見ると、総吸収線量(total)は山型の形状を示しています。これは、X線CT撮影において、患者の周囲を1回転して照射することによる散乱線成分(scatter)による影響であることが分かります。

モンテカルロシミュレーションを用いることで、一次線成分(primary)と散乱線成分を分けて吸収線量を評価することができたために明らかになったことです。実測では難しく、モンテカルロシミュレーションが有用である使用例の一つですね。

当時、このような現象は知られていなく、私は上記結果を2014年にRPT誌で報告しています。その後、Bakalyar氏は2016年に、上記のような線量分布形状を「gull wing shape」と名付けています。

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このような現象が分かったのは良いことなのですが、これを臨床評価に繋げなければ意味がないですね。

そこで私は、上記の線量分布解析を各機種・管電圧・スキャン方式で行い、最小二乗法のテクニックと併せることで、新たな加重係数(3/8, 5/8)を提案しました。これにより、従来の評価方法に対して約10%ほど精度が向上し、より正確にX線CT検査を受ける患者被ばく線量を評価することが可能となりました。

4. 公表した論文

CTDIファントム内の線量分布を解析。Gull wing shapeとなることを公表。

Influence of difference in cross-sectional dose profile in a CTDI phantom on X-ray CT dose estimation: A Monte Carlo study
Tomonobu Haba, Shuji Koyama, Yoshihiro Ida
Radiological Physics and Technology 7(1) 133-140 2014年

AAPM Task Group 111 Reportの線量評価方法がSSDEに与える影響について

Influence of 320-detector-row volume scanning and AAPM report 111 CT dosimetry metrics on size-specific dose estimate: a Monte Carlo study
Tomonobu Haba, Shuji Koyama, Yutaka Kinomura, Yoshihiro Ida, Masanao Kobayashi
AUSTRALASIAN PHYSICAL & ENGINEERING SCIENCES IN MEDICINE 39(3) 697-703 2016年9月

CTDIwの新たな加重係数(3/8, 5/8)を提案

New weighting factor of weighted CTDI equation for PMMA phantom diameter from 8 to 40 cm: A Monte Carlo study
Tomonobu Haba, Shuji Koyama, Yutaka Kinomura, Yoshihiro Ida, Masanao Kobayashi
MEDICAL PHYSICS 44(12) 6603-6609 2017年12月

提案した加重係数がSSDEに与える影響について

Size‑specific dose estimates for various weighting factors of CTDI equation
Tomonobu Haba, Masanao Kobayashi, Shuji Koyama
Physical and Engineering Sciences in Medicine 43 155-162 2019年12月

Cone Beam CT撮影におけるCTDI評価

A new cone-beam computed tomography dosimetry method providing optimal measurement positions: A Monte Carlo study
Tomonobu Haba, Keisuke Yasui, Yasunori Saito, Masanao Kobayashi, Shuji Koyama
Physica Medica 81 130-140 2021年1月

5. コメント

CTDIの線量分布解析に関する研究は、私が修士課程の時のメインテーマでした。当時、同じ研究室の友達は「患者の臓器線量を実際に測定したり」「測定器を開発したり」する中で、自分の研究は地味だなーと思いながら研究していました。
しかし、地味ではあるものの、CTに関する線量評価の基礎となる部分に集中して取り組めたのは良かったと思っています。基礎がしっかりしていなければ、いきなり応用的なことに取り組んでもいつかは躓いてしまうでしょう。

CTDIに関する研究は、かれこれ10年以上取り組んできており、私の中では一区切りついた状況です。
ですが、CTDIに関する研究や、モンテカルロシミュレーションを用いた研究に興味がある方がいらっしゃれば、どうぞ声をかけて下さい。

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